大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成3年(行ツ)86号 判決 1992年10月06日

上告人

中村つや子

右訴訟代理人弁護士

渥美裕資

被上告人

名古屋市

右代表者市長

西尾武喜

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和六四年(行コ)第一号継続任用拒否処分取消等請求事件について、同裁判所が平成三年二月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人渥美裕資の上告理由について

本件臨時的任用について任命権者がその任用更新をしなかったことについて、裁量権を逸脱したと認められる特段の事情があるとすることはできず、本件任用更新拒否を違法なものとすることはできないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎)

(平成三年(行ツ)第八六号 上告人 中村つや子)

上告代理人渥美裕資の上告理由

一、原判決には国家賠償法一条一項の解釈適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

1、原判決は上告人が本務欠員補充教員としての臨時的任用を繰り返して受けてきたことのほか、以下の事実を認定している(<証拠略>)。

(一) 法定の教員数に不足する学校が生じた場合に、これを補充する教員を本務欠員補充教員として臨時的任用の形式で採用していたこと。

(二) 本務欠員の生じる主たる理由は、将来に生徒の減少による教員の過員が発生することを防止するため新規採用を抑える人事政策にある。

(三) 本務欠員補充教員の場合は六カ月の任用期間経過後において更新を受けてきたもので、その意思に反して任命権者の判断により更新されなかったのは上告人だけであった。

(四) 本務欠員補充教員(上告人)は勤務校において本務の教員と同様の職務を担当するのであって当該学校の一年間の経過の中に組み込まれていた。

(五) 上告人は本件臨時的任用についても更新されるものと期待を抱いていたが、所定の六ケ月任期の承諾書に署名・押印した。

(六) 本務欠員補充教員は公立学校共済組合の加入資格を有し退職手当も支給されていた。昭和六一年度からは本務欠員補充教員の任用形式を期限付任用によるものに変更した。

2、そして臨時的任用は期間の満了により当然に終了するものであり、期間の更新もまた臨時的任用にほかならず、更新を認めるかどうかは任命権者たる市教委の裁量に委ねられているところであるから、期間の更新をしないことについて不法行為が成立するのはこれが当該事案における諸般の事情に照らして著しく不当であって、任命権者がその裁量権を逸脱したと認められる特段の事情がある場合に限られるとし、本件では前記事実にも拘わらずこれに該当せず、裁量権を逸脱したと認められる特段の事情に当たると評価することはできないとした。

3、しかしながら、以下の理由により右解釈は誤りといわなければならない。

(一) 臨時的任用の更新が任命権者による新たな任用行為でありそれは任用権者の裁量に委ねられるとしても、すでに一年間の学校経営計画に組み込まれ本務の教員と同様の職務を担当している特定の教員の右一年間の中間点における更新なのであるから、不特定多数の任用候補者の中から新たに行う(学年)当初の臨時的任用と比較して任命権者の裁量権はおのずからその幅は少なく(制限され)、裏返していえば裁量権逸脱の要件も相対的に緩和されるというべきである。

(二) 教育が生徒との人間的ふれあいが不可欠の要素であり、教育現場において(とりわけ生徒の側から)、教育の連続性・一貫性の主要な要素として教育の担い手(=教員)が変わらないことが求められている。もし学年中途の交代があれば、現実的にも教科指導計画やクラブ担当、校務分掌等において無用の混乱や引継の調整や手間がいるのであって、適正な学校運営を実現することを目的として任用行為を行うべき任用権者にあっては、このことからも任用更新を行う際の裁量権には限定が生じる(あえて更新をしないというならば右不利益に均衡のとれる事由の存在がなければ合理性を欠く)。

(三) 裁量権の行使は、憲法上の権利を侵害するものであってはならず(仙台高判昭和四九年七月八日、最判昭和五三年五月二六日もこれを支持)、これに反する行政処分は裁量権濫用といわざるを得ない。教員は憲法ないし教育基本法によりその地位に基づき教育の自由を有し、身分保障の及ぶところであり、とりわけ臨時的任用を例外的なものと限定した公務員法は、公務員(教員)について恣意的な人事からの身分保証を確保することをその目的としているものである。毎年大量に採用され、その担当する職務内容も本務の教員と同じく一年を通しての学校教育である本務欠員補充教員に対して、極めて不透明な(恣意的な)「再任用」というフリーハンドの事実上の首切りの機会を持つことが法の趣旨に反することは明らかであり、右の事実からしても、継続任用という手続(任用形式)が右の侵害となることになってはならないという制約が及ぶのであって、更新に当たっての任用権者の裁量権は制約がある。

(四) また、臨時的任用制度が前記のとおり主要に将来の教員の過員防止という人事政策上の理由によるところであり(学校教育の役割ないし職務の性質のうえでは、臨時的任用として六ケ月経過の段階で再任用という行政行為を介在させる必然性は乏しい)、この意味でも任用更新に新規処分性の意味あい、任用権者の裁量行為性を強調しなければならない背景に欠けている。そのことからもおのずから裁量権は限定されるべきである。

(五) さらに、教育は、教員同士が授業方法や生徒指導の方法、学校運営の在り方等について積極的に意見を開陳し、相互に研鑽をすすめるという本来自由闊達な場であるべきであるから、単に「他の教員等に対する協調性の欠如等の指摘がなされ」たこと(「協調性の欠如」ではない)が上告人の消極評価の要因として重要性をもたないものである。

(六) そうすると、前記1の事実関係のもとに、単に上告人の管理職等が協調性の欠如等の指摘をなしたという事実だけをもって、「教育にかける熱意、生徒に対する愛情等に殊更疑問を抱くものでない」と原裁判所も認める上告人に対して被上告人のなした任用更新拒否について、その不法行為責任の成立を否定する原判決の判断は、任用更新それ自体は任命権者の裁量行為であり不法行為は裁量権濫用の場合に限って認められる、という解釈を前提としてもなお(さらにその要件とし「当該事案における諸般の事情に照らして著しく不当」という抽象的表現は是認するとしても)、裁量権濫用の要件の本件への適用において誤りがあるといわざるを得ない。要するに合理的理由のないまま任用権者の有する裁量権の範囲を逸脱し上告人の権利侵害に及んだ本件行為について不法行為責任を肯認すべきところこれを誤り、その意味で原判決は国家賠償法第一条一項の解釈の誤りの違法のそしりを免れないのである。

二、原判決には理由不備・理由齟齬の違法がある。

1、原判決は前記二、1の事実認定を前提に上告人の教育にかける熱意、生徒に対する愛情等に殊更疑問を抱くものではないが、証人内山晋夫の証言等によれば、少なくとも勤務校である菊井中学校側(生徒を除いた学校全体)から見た場合、他の教員等に対する協調性の欠如等の指摘がなされており、しかも右の指摘が根拠のない恣意的なものとは認められないのであって、これらの事情に鑑みると、本件任用更新拒否をもって、著しく不当であって任命権者がその裁量権を逸脱したと認められる特段の事情がある場合に当たると評価することはできないとしている。

しかしながら、本件任用更新拒否が裁量権逸脱と認める特段の事情がある場合に当たらないとして原判決が指摘した事項はおよそその理由とならないものである。すなわち、ここでは、前記一、3、(一)ないし(五)の事実のもとにこれまで一度もなかった異例の処置=学年途中の任用更新拒否を合理化せしめる理由の摘示が必要なところ、原判決はいささかもこれを肯定できるような理由が示されていない。唯一触れられているのは「協調性の欠如の指摘」であるが、これは被上告人の主張する「協調性の欠如」の事実認定の心証を形成するだけに至らず、要は教員間でこうした指摘をする者がいたということにとどまっているものにすぎない(被上告人は、「学校教育における協調性の欠如」それ自体を主張していたのであるから、その限りでは原裁判所は上告人の右主張自体は認定していない=排斥しているといえるのである)。前記一、3、(五)のとおり自由闊達な場でなければならない(保証されなければならない)という学校教育の場において、意見主張をすることそれ自体は教員としての資質評価としての消極的理由たりえないのであるから、右理由はおよそ更新拒否の根拠たりえないのである。その意味で、原判決は理由不備・理由齟齬の違法のそしりを免れない。

2、また、教育の場は前記のとおり自由闊達な意見交換の場であるべきところであるから、違法、不当な内容(教員間の秩序)での無条件での調和ないし協調を求められたり、不適切な秩序に対し異議申立を封じられるいわれはない。従って、「協調性の欠如」を言う場合には、そこで問題となった事項が何であるのか、これについての意見主張、権利主張が正当性を具備するのかという内容に踏み込まなければ、これをもって教員としての資質を論ずることはできないのである。本件では生徒指導のあり方、勤務時間等について見解の相違があったことは主張・立証から明らかであって、これに対する内容的評価を欠いたまま裁量権濫用について判断をなした原判決には理由不備の違法がある。

三、原判決には経験則違背の違法がありこれが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

原判決は、本件任用更新拒否の正当性の理由として、上告人の「協調性の欠如の指摘」をあげている。しかし、その証拠となる内山晋夫証言等は(証拠略)の客観的な証拠と合致せずそれ自体の内容としても不合理であり、これにより右「協調性の欠如の指摘」を認定した原判決は経験則違背の違法がある。

以上

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